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修業記②:熊坂武術院

熊坂武術院 の 熊坂護先生へ

熊坂武術院では故渡辺一先生より受け継がれた熊坂護先生に大変お世話になりました。熊坂先生の関節整復の技は勿論のこと、それよりも関節の原理が感覚的に理解できたことにあります。それからというもの揉み技が飛躍的に熟達しまして、関節技と共に拝借しております。この場を借りて感謝の意を申し上げます。

 

前項の赤ひげ堂に入門する前から熊坂先生の存在は知っており、本来は熊坂武術院に入門することを考えていました。ところが宇都宮市に在住であった為、新宿区にある鍼灸学校との距離を考えると頻繁に通うことができないと思い先送りすることにしました。

 

私は教科書から学ぶタイプではなく現場にどっぷり浸かって後から教科書を開く学び方でしたので、臨床経験が積めて且つ技術を究めているようなところが前項の赤ひげ堂であったわけであります。結果的に赤ひげ堂の方が “見て触って”の場数や練習量は格段に多く、そのお陰もあって熊坂先生の難解な関節整復法を理解するのが早まったと思います。

 

鍼灸学校の卒業後も熊坂先生の所へ通いましたので、私が受け持った患者さんで改善しなかった場合は熊坂先生の所へ連れて行くこともありました。そこで熊坂先生のやり方を学んだものです。ただ後に私が悔やんだことは、その時に熊坂先生に支払われる施術代を患者さんに負担させてしまったことです。患者さんからのお咎めは全くありませんでしたが、私の真心の不足さに反省をし、これは早く技を上達させて自分のものにしようと奮い立ったことを覚えています。

 

熊坂先生の師匠であった故渡辺一先生はあまり技を公開されなかったようで、”自分の代でこの技は終わり” と言われていたお話を伺いました。また効果も凄まじく、周りのお医者さんからよく思われなかったようです。そのようなことが理由なのかは分かりませんが、賽銭箱でやっていたと熊坂先生から聞いたことがあります。

 

熊坂先生は技を学んでいる時期は、その場で治らなかったりすると夜も眠れなかったと経験談をお話しされたこともあります。私もこの関節技を学ぶにあたり何度も壁にぶち当たりました。師匠の教わった通りやってもうまくいかないのです。そんな時はとても悔しくて、熊坂先生と同じように眠れない日もありました。私を信じて頂き、お体を任されたことに対して報いることができなかったことがとても苦しかったのです。当時の私は、この時に受け取るお金ほど心痛いものはありませんでした。

 

こんな素晴らしい技を授かるには、私利私欲に塗れた愚人には到底理解できないようになっているのだと私は思います。たとえ型を学んだとしてもその秘奥にある真髄には達することができず堕落の技に成り代わってしまいます。会津藩に残存した柔術の関節整復法が途絶えなかったのは艱難辛苦に耐え忍んだ熊坂先生のお陰だと思います。

 

日本古来( 正確には江戸末期だと思います )からある関節整復法を知る方は日本全国を探しても熊坂先生のみで、一応にも私は受け継いでおりますが、この技において「〇〇流」や「誰々を祖とする」といった表現を用いて自らを権威付けすることはいたしません。技や術というものはどれも素晴らしいものではありますが、その極意や根幹にあるのは真理(神理)といったものであります。そして私が辿り着いた境地は、静寂とはいえ躍動もあり、” 往きたいところへ往けばよい ” という自由極まりなく ”己の姿は己が決める” といったものでした。もしそこに利己愛(エゴ)があると自分勝手に陥り、良くなるはずが悪くなるものだと思います。※熊坂護先生は今のところ後継者はいないと仰っています。

 

全ての技や術、学問や武芸というのはこのような真理(神理)といった源泉に達する為の方法論にしか過ぎないのだと思います。そしてその源泉は枯れることを知らない無限の力があり、技や術は全てそこから生まれるものであると信じています。つまり自分自身が本物にならなければ、私が受け継いだ技や術も偽りになってしまうということです。まさに 心・技・体 と言ったもので ” 真の教えは教えの中にあらず “ 「教外別伝・不立文字」という禅宗の言葉がとても我に響きます。日本文化は全て之であり、己の修養にこそ意義があるような気がしています。

 

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